入居者の逮捕、前科の照会、不法滞在…犯罪にまつわるトラブルの対処法を弁護士がQ&Aで解説
入居者の逮捕、インターネットでの前科照会、そして不法滞在による強制送還——。賃貸トラブルの中でも特に判断が難しい「犯罪」にまつわる諸問題について、実績豊富な弁護士が具体的なアドバイスを公開します。トラブルの泥沼化を防ぎ、大切な資産と経営を守るための必読ガイドです。
Q1.入居者が痴漢で逮捕されました。賃貸借契約を解除できますか?
A1:無罪推定の原則により少なくとも、直ちに解除することは難しいです
賃貸借契約の解除には、賃借人の債務不履行だけでは足りず、それが契約当事者の信頼関係を破壊する程度のものである必要があります。しかし、無罪推定の原則の下、有罪判決の確定までは法律上犯罪者として扱われません。逮捕段階では犯人か確定していませんので、逮捕のみを理由に賃貸借契約を解除することは困難です。
有罪判決が確定しても、部屋への悪影響がなく、隣室等にも迷惑がかかっていない場合には、犯罪の悪質性にもよりますが解除の要件を満たさないことが多いでしょう。他方、刑事裁判が長引く場合や、部屋が報道されてしまった場合には、賃借人も退去を望むことがあり得ます。刑事弁護人や家族等の連絡先を入手して、話し合いの機会を持つことは有用です。
Q2:賃貸借トラブルは民事の問題であり、刑事責任は生じないというのは正しいですか?
A2:民事の争いであっても関係なく、犯罪が成立すれば刑事責任が問われます。
民事法と刑事法は大きく異なる制度であり、民事責任と刑事責任が生じる場面は異なります。例えば、賃料滞納を巡るトラブルは民事上の紛争であり、賃借人に民事責任として金銭支払義務や、部屋からの退去義務が発生しますが、賃料滞納は犯罪とはならず、刑事責任は生じません。
しかし、民事上のトラブルで刑事責任が問われないわけではありません。例えば、トラブルが高じて頭に血が上り、問題のある発言をした場合には、発言内容に応じて名誉棄損罪、侮辱罪、脅迫罪が成立し刑事責任が生じます。
賃借人が求めたにも関わらず、賃貸人が部屋に居座って帰らない場合には、不退去罪が成立します。暴力沙汰になれば当然、暴行罪、傷害罪も成立します。
Q3:怖い雰囲気の方から入居応募がありました。前科を確認する方法はありますか?
A3:インターネットでの情報収集は自由ですが、内容の吟味は必須です。
前科情報は憲法が保障するプライバシーの権利の対象であり、警察も含め公的機関は照会に応じません。大家さんが参考にすることが多いのは、インターネット上の逮捕時の報道記事や、犯罪の噂の書き込み等だと思います。物件を誰に貸すか判断するにあたり、情報を収集することは自由です。
他方、犯罪情報がインターネットからなかなか消えないため部屋を借りられず、更生の妨げとなる現象は社会課題となっています。報道記事が真実のすべてではなく、個人の書き込みも信頼性を保証する裏付けが乏しいことが少なくないため、正確性を吟味する必要があります。一度過ちを犯した後、立ち直った人は多くいますので、過度なおそれを持たず冷静に判断することが重要です。
Q4:居室内で大麻が栽培されており、多くの人が出入りして購入しているようです。
A4:速やかに警察に通報しましょう。賃貸借契約の解除事由に当たると考えられます。
大麻の有害性に関しては様々な意見がありますが、2024年12月に施行された法改正により、従前は禁止されていなかった使用行為も犯罪とされ、刑罰も重くなっています。
薬物犯罪は被害者のない犯罪とも言われますが、使用者自身や他人への悪影響の他、反社会的勢力の資金源となることも少なくないため、決して軽視されるべき犯罪ではないという認識が重罰化につながったと思われます。
賃貸借契約の解除の要件は、契約違反と信頼関係の破壊です。部屋が大麻の栽培場所にされてしまった事情や、反社会的勢力やそれに類似する集団の拠点となった事情、不特定多数の犯罪関係者が出入りしていたという事情を十分証明できる状況であれば、賃貸借契約の解除は可能と考えられます。
Q5:家賃滞納の他、悪質な契約違反があれば、鍵を変えて入居者を追い出すことは許されますか?
A5:賃貸借契約の解除が可能な状態であっても、大家さんが犯罪に問われるおそれがあります。
家賃滞納は重大な契約違反であり、一般的に滞納が数カ月に及べば賃貸借契約は解除可能です。また、賃借人が悪質な契約違反行為に及んでいる場合も契約の解除が可能となり、賃貸人は退去を求めることができます。ただ、入居者が求めに応じない場合、貸主が強引に追い出すことは許されません。
近代社会において、私人が自らの手で権利実現をすることは許されておらず、これを自力救済禁止の原則と言います。裁判で勝訴判決を入手し、執行官に強制退去手続を行ってもらう必要があります。
借主に無断で部屋に入り荷物を処分して鍵を交換する行為は、住居侵入罪及び器物損壊罪となり得ます。このような対応を盛り込んだ契約特約も見受けられますが、無効な条項と考えられます。
Q6:入居者が不法滞在で本国に送還されました。荷物を処分してよいでしょうか?
A6:原則裁判手続が必要です。本人と連絡が取り合えない場合、手続に支障が生じ得ます。
賃借人が不法滞在等の理由で当局に本国へ強制送還された場合、賃貸借契約の継続は事実上不可能ですので、契約終了についての争いは生じないものと考えられます。他方、部屋に財産的価値のある荷物が残された場合には、これを賃貸人が自由に処分できるわけではなく、裁判手続が原則必要です。
外国へ帰った人に民事訴訟を提起するには、外国における所在を調査したり、外務省ルートで裁判書類を送付する手続をしたりする等、非常に時間がかかります。このような場合に備え、万が一の帰国時にも直接連絡が取れる手段を事前に確保していれば、本人の意向が確認でき、残置物の所有権放棄の合意をしたり、知人に引き取らせる等の手立てを調整することが可能となります。
※この記事内のデータ、数値などに関しては2025年12月1日時点の情報です。
イラスト/黒崎 玄









