大家さんの責任はどうなる?「八王子アパート階段崩落、住人転落死事件」から学べるポイント
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今年4月、東京都八王子市のアパートで階段が崩落し、入居者の方がお亡くなりになるという、非常に痛ましい事故が起きました。今回のような事故で大家さんの責任が問われるのか等、気になるポイントについて、久保原弁護士に解説していただきました。
〈久保原弁護士プロフィール〉京都大学大学院法学研究科修了。2008 年、九帆堂法律事務所設立。最高裁で勝訴した更新料裁判では、首都圏で唯一の弁護団所属弁護士として様々な情報を発信。
〈伊藤弁護士プロフィール〉東京大学法学部、同法科大学院修了。2018年、九帆堂法律事務所入所。大家さんの代理人として多数の賃貸借案件を扱う。
他人事ではない!建物の安全性不足で生じる大家さんの責任とは
階段崩落の原因は、階段と廊下の接続部分に使われていた木材が腐食したことにあり、設計上この接続部分の材料は鉄が指定されていたにもかかわらず、この部分に木材が使用されてしまっていたこと、そしてその木材に十分な防腐処理がされていなかったことで、腐食が生じたのではないかと各メディアで報じられています。
大家の皆さんの中には、自分が貸している物件で万が一、同じことが起きたらどのように対処すれば良いのか、自分の物件は本当に大丈夫なのだろうかと不安になった方もいらっしゃると思います。
この事故については現在捜査中の段階であり、詳細な事実関係が明らかになっているわけではないため、本件関係者の具体的な法的責任等について断定的な見解を述べることはできません。
ただ、大家業において、建物の安全性が欠けていた場合にどのように対処すべきか、どのような法的責任を負うおそれがあるのかということは、極めて重要かつ深刻な問題ですので、ここからは一般論として検討をしてみたいと思います。
所有物件での被害発生!拡大を防ぐために大家さんがすることは?
大家が最優先で考えるべきことは言うまでもなく人命を守ることです。そのため、普段から安全性に疑いのある箇所がある場合には、危険が生じないよう直ちに調査する等、予防策の徹底が重要です。
それでも危険な状態になってしまった場合には、人命を守ることを第一に考え、法的責任等を考える前に、危険な場所への入居者の立入りを制限したり、専門会社に原因調査と補修を依頼したりするなど、被害が生じないため、拡大させないために迅速かつ最大限の対応をする必要があります。
安全性を確保した後、法律上の責任について考えることになります。建物の危険性が原因で人が負傷又は死亡した事故が発生した場合、大家としては民事上の責任と刑事上の責任の両面について検討する必要があります。
建物についての大家さんの民事責任は?
まず民事責任についてですが、施工会社の不適切な施工が原因で、入居者の方が怪我をした、または亡くなられた場合、被害者やその遺族の方は、まず会社に対して損害賠償請求をするなどして責任を追及することが想定されます。
会社の不適切な工事が原因であれば、損害賠償責任が認められることになります。しかし、会社の責任だから大家には全く責任がない、というわけにはいきません。
気を付けなければいけないのは、大家は民法上、建物の所有者として工作物責任という法的責任を負い、基本的には所有者であるということだけで、建物の危険性が原因で生じた損害について賠償責任が生じるという点です。
さらに、所有者の工作物責任は無過失責任であり、無過失の場合(大家が十分に注意していた場合)でも責任が生じるということも押さえておく必要があります。このように建物の危険性に関しては、大家自身が賠償責任を負う可能性があることを、まずは十分に認識していただきたいと思います。
大家が被害者に損害賠償を行った場合、大家としては施工会社に対して、「不適切な施工が工事請負契約上の債務不履行に当たる」などとして損害賠償請求を行い、最終的な自分の損害を軽減するよう検討することになります。
もっとも、かかる請求については所有者の工作物責任以上に、事故原因や契約違反に関して厳密な立証が必要になることもあるので、専門家と相談しながら証拠の収集方法や立証方針等について、慎重に準備をする必要があります。
なお、不適切な施工をした施工会社の中には、損害賠償請求を受けたことを契機として破産する会社もあります。裁判所の破産手続では、会社が現状有する資産から、裁判所の手続費用を差し引いて残った資産が、各債権者に対して債権の種類や債権額等に応じて分けられることになります。
会社に資産が多く残っておらず、また債権者が多数にのぼるなどの事情がある場合には、多くの場合、破産してしまうと会社からの十分な支払いは期待できなくなります。
建物についての大家さんの刑事責任は?
次に、刑事責任についてですが、建物の危険性の放置等について過失(落ち度)があり、当該行為によって人が死傷した場合には、(業務上)過失致死傷罪に問われることになります。
事故の原因が施工会社の不適切な施工であれば、多くの場合、おもに会社の責任者らがこの罪に問われますが、もし、大家自身が悪質な行為を指図したり、危険をあえて放置したりしていた場合には、大家も刑事責任を免れられないとも考えられます。
最近では、7月に発生した熱海の土石流災害など、土地所有者の責任について改めて考えさせられる事故も生じています。
何か起きてからでは遅い…これを機に改めて確認を
建物の危険性を原因とした事故に備えるために、大家が負う損害賠償責任について保険に加入することは、被害者の救済のためにも検討すべきです。
しかし、いずれにせよ失われた命が戻ることはありません。また、思い入れのある自分の物件で事故など起きてほしくないと、すべての大家が願っていることと思います。発生した事故の内容によっては、事故物件になってしまい、説明責任が生じる可能性もあります。
事故発生を未然に防ぐことの重要性を、これを機に再度ご認識いただき、建物の安全性について対策が取られているか、改めてご確認いただければと思います。
まとめ~所有物件で事故が発生したらどうすべき?~
◎人命を守ることを最優先に考えて行動する
◎建物・設備の安全性について必要な対策が取られているか確認する
◎建物・設備に関して保険への加入を検討する
◎安全性に疑いのある箇所を発見した場合には、速やかに調査する
◎被害の発生・拡大を防ぐための対応を迅速に行う
例)危険な場所への入居者の立入りの制限
専門家・専門業者による
原因調査、補修など
※この記事内のデータ、数値などに関しては2021年9月9日時点の情報です。
イラスト/黒崎 玄