賃貸トラブルが起こりやすいのは入居・退去のタイミング!よくある例と対処法を解説
- 弁護士・司法書士
久保原弁護士による法律相談Q&A。今回は「入退去時に起こりうるトラブル」です。賃貸物件で入居・退去が発生するタイミングは、入居者との間でトラブルが起こりやすいタイミングですので、民法改正後に明文化された原状回復ガイドラインなども含めて、いざというときの対応を再確認しておきましょう。
- Q1:退去時の原状回復費用として、賃借人にハウスクリーニング費用を請求することはできますか?
- Q2:特約で、賃借人が通常損耗も含め退去時の原状回復費用を全て負担すると定めていれば、安心して良いのでしょうか?
- Q3:賃借人から「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を見せられ、原状回復費用の計算が間違っていると言われました。
- Q4.賃借人と敷金返還額でかなり揉めています。裁判で争った方が早く解決できるのでしょうか?
- Q5:賃借人が無断で退去してしまったのですが、すぐに次の入居者を募集して問題ないですか?
- Q6:賃借人が亡くなった場合、退去手続きや原状回復費用の請求はどのようにすればよいですか?
〈久保原弁護士プロフィール〉京都大学大学院法学研究科修了。2008 年、九帆堂法律事務所設立。最高裁で勝訴した更新料裁判では、首都圏で唯一の弁護団所属弁護士として様々な情報を発信。
〈伊藤弁護士プロフィール〉東京大学法学部、同法科大学院修了。2018年、九帆堂法律事務所入所。大家さんの代理人として多数の賃貸借案件を扱う。
Q1:退去時の原状回復費用として、賃借人にハウスクリーニング費用を請求することはできますか?
A1:契約書に定めていれば、退去時に請求することができます。
賃借人は、入居後に生じた部屋の損耗について、退去時に原状回復義務を負い、賃貸人は賃借人に原状回復費用を請求できます。
ただし、通常の使用で生じた損耗(通常損耗) や経年劣化は賃借人に請求できません(民法621条)。元々民法に原状回復の規定はありませんでしたが、2020年施行の民法改正で621条が追加され、判例で確立した内容が明文化されました。
ハウスクリーニング費用は一般に通常損耗に対する費用に該当し、賃借人に求められないと考えられます。
もっとも、特約で異なる内容を定められますので、ハウスクリーニング費用を賃借人負担とする旨の特約を定めることで、請求が可能となります(ただし特約の定め方はQ2をご参照ください)。
Q2:特約で、賃借人が通常損耗も含め退去時の原状回復費用を全て負担すると定めていれば、安心して良いのでしょうか?
A2:通常損耗に関する特約の有効性は厳しく判断されており、慎重に検討する必要があります。
「通常損耗の原状回復費用について、民法の定めとは異なり、賃借人が負担する」旨の特約の有効性が認められるには、特約が明確に合意されたことを要する、というのが判例です。
明確な合意と認められるには、契約書に具体的な金額を記載する等の工夫が必要です。
契約締結時に丁寧に説明し、賃借人の納得を得ておけば回避できるトラブルもありますが、一般に原状回復のトラブルは契約時からかなりの時間を経た退去後に生じるため、契約書にできる限り詳細に明記しておくことが重要です。
また、明確な特約があったとしても、住居の賃貸の場合には消費者契約法で無効とされるリスクがあります。特約があるだけで安心せずに、内容を多角的に検討することを要します。
Q3:賃借人から「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を見せられ、原状回復費用の計算が間違っていると言われました。
A3:「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は基本的に法的効力を持たず、契約の内容に直接影響を持ちません。
国交省や東京都など、国・地方公共団体から、原状回復費用の負担区分、負担割合の考え方や、具体的な計算方法等を詳細に示した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が出されており、広く知られています。
しかし、これらのガイドラインはあくまでも解決のための指針にすぎず、契約書上で「原状回復費用の負担については国交省ガイドラインによる」等と定められていない限り、法的効力を有しません。より合理的な内容で双方が合意していることもあり得るのです。
ただ、通常の場合に一つの目安にはなり得ますので、契約書の定めが曖昧だと、裁判になった場合、裁判官がガイドラインに沿った解決が正当と考えることがあり得ます。ガイドラインと異なる内容の合意は契約書に明確に記載すべきです。
Q4.賃借人と敷金返還額でかなり揉めています。裁判で争った方が早く解決できるのでしょうか?
A4:原状回復の裁判は賃貸人側の作業が多く、また長期化することもあります。
原状回復費用の金額に争いがある場合の裁判の基本的な構図は、賃借人がオーナーに対して敷金返還を求めるというものです。そのため、返還すべき敷金の額を証明する必要があるのは賃借人の側と誤解されがちです。
しかし、敷金はあくまで預り金であり全額返金が原則です。原状回復費を控除するためには、オーナー側が原状回復費用を請求する根拠の証明が必要です。
そのため、裁判となれば、各損耗の具体的な内容、原因、補修費用の金額等の証拠を用意する必要があり、損耗が多数あって最終的解決まで長期間を要することが少なくありません。
一方、裁判以外に解決が見込めない事案もあり、また費用対効果等の検討も必要なため、悩ましい場合、専門家に相談しましょう。
Q5:賃借人が無断で退去してしまったのですが、すぐに次の入居者を募集して問題ないですか?
A5:賃借人の権利が残っている可能性があり、慎重な対応が必要です。
部屋に荷物がなく、夜逃げをしたことが明らかと思われる場合、鍵を交換して入居募集をしても問題がないように見えますが、この対応には実は法的なリスクがあります。
夜逃げに見えても明確な退去の意思表示がない場合、賃借人の部屋を使用する権利が残っており、鍵の交換等をすると賃借人の権利を不法に侵害したことになるというリスクがあるからです。また、裁判手続によらず実力で部屋を取り戻すのは、自力救済といい基本的に許されません。
そのため、夜逃げした賃借人に対し建物明渡訴訟を提起し、強制執行で部屋を取り戻すことを検討せざるを得ません。オーナーには大きな負担となるので、他に方法はないのか、具体的なケースに応じて専門家にご相談ください。
Q6:賃借人が亡くなった場合、退去手続きや原状回復費用の請求はどのようにすればよいですか?
A6:原則、相続人と手続きを行うことになりますが、簡単ではない場合もあります。
賃貸借契約は賃借人の死亡により終了せず、相続人が賃借人の地位を引き継ぎます。自動的に退去や原状回復の話にはなりません。
まずは賃借人の相続人と、契約の継続と解約のどちらを望むのか話し合う必要があります。そのため、相続人の連絡先を把握しておくことは非常に重要です。解約となった場合に、相続人と原状回復費用の精算を行います。
他方、相続人が不明な場合や相続人がいない場合、あるいは相続人全員が相続放棄をしており、退去手続に協力しないこともあります。
これらの場合、裁判所に相続財産管理人の選任を申し立て、管理人と手続を行います。この問題については国交省「残置物の処理等に関するモデル契約条項」もご参照ください。
※この記事内のデータ、数値などに関しては2022年3月3日時点の情報です。
イラスト/黒崎 玄