賃貸アパート・マンションの建て替えに必要な「立ち退き交渉」と「解体工事」のポイント[段取り#1]
更地での新築とは異なり、賃貸住宅を建て替える場合は、建築に先立って「立ち退き交渉→解体」というプロセスがあります。それぞれの手続きの流れ、費用、スムーズに進めるノウハウを紹介しましょう。
入居者の退去を待つか、オーナーから働きかけるか
築年の古いアパートを建て替えたいと思ったとき、2つのアプローチがあります。
1つは、空室が出ても新規募集をせずに既存の入居者が全員退去するのを気長に待つ方法です。入居者とのトラブルになる心配もなく、余計なコストをかけずに進められる反面、建て替えまでに何年かかるかが読めません。たった一人でも更新して住み続けてしまうと、解体に着手できないからです。
建て替えの目的は「相続に備える」「収益性を高める」など様々ですが、スケジュールが読めなければ、それらの目的に合わせた有効な対策が打てません。
入居者の退去を待っている間、徐々に空室が増えれば家賃収入が減ります。しかし、維持管理費や固定資産税などの経費は変わりません。
さらに、建て替える前に相続が発生してしまうと、空室部分には相続税評価額が減額される「貸家建付地」や「貸家」の特例が適用されず、多額の相続税がかかってしまうおそれがあるわけです。
⇒相続税評価について詳しくは*「資金・税金」編第35番
2番目のアプローチは、オーナーから入居者に働きかけて、解約や退去を促す「立ち退き交渉」です。
一定の費用はかかりますし、入居者の対応次第で長引いてしまうことはありますが、ある程度はスケジュールの見通しを立てられます。目安としては、半年から1年程度はかかると見ていいでしょう。
立ち退き交渉の手続きはどう進める?
立ち退き交渉の主な流れは図1の通りです。
貸主側から契約の解除、または更新拒絶を求める場合は、賃貸借契約の期間が終了する6ヵ月以上前に通知する必要があります。もちろん、通知しただけでは、確実に退去させる強制力は持ちません。
現在の借地借家法の下では、入居者が契約の更新を望んだ場合、オーナーの一方的な都合で契約の解除はできないからです。オーナー側から更新拒絶をするためには、次のような「正当事由」が必要とされています。
正当事由とは、貸主から入居者に退去を求めることが「道理にかなっている」と裁判所から認められる事情・理由のことです。
・貸主がどうしても自ら建物を利用する必要性があること
・借り手と貸主双方の利害得失を比較して、貸主側に相当の事情があること
・立ち退き料の支払い
・代替え家屋の提供
・建物の老朽化に伴う居住の危険性
・借主側の債務不履行(賃料の著しい滞納、目的外使用、無断転貸など)
通知書に書く要素としては、まず「建物が老朽化しており、地震で建物が大きな損傷を受けた場合、入居者に被害が及ぶおそれが大きい。建て替えが急務」など、契約を継続できない理由、立ち退きをお願いするに至った経緯があります。
次いで、取引のある不動産仲介会社と相談して、「同じ家賃水準の物件は近くにこれだけあり、〇×不動産があっせんしてくれる」というように、引っ越し先を提案することも必要です
立ち退き料の相場は家賃の6~10カ月分
立ち退き料の支払いは、オーナー側の正当事由を補完される要件の1つですが、必ず支払わなければならないわけではありません。
交渉が難航した場合に提示して、説得する材料にするというスタンスで取り組みましょう。退去を頑なに拒絶するのは、全体の3分の1程度とも言われます。
立ち退き料の目安は、賃貸住宅の場合で転居費用を含めて家賃の6~10カ月分が一つの目安と言われています。最近では、引っ越し代、仲介手数料、敷金など、家賃の数カ月分でも合意するケースが少なくありません。
ただ、病気や介護、周辺相場より大幅に低額な家賃で数十年も長期入居していたなど、入居者側に転居しにくい特段の事情がある場合は、訴訟で高額な立ち退き料が認められるケースもあるようです。店舗やオフィスなどの場合も、営業権や設備補償などにより、かなりの幅がありますから、個別に判断する必要があるでしょう。
また、入居者の個別事情に配慮しながら交渉することが大切です。年金暮らしの高齢者や生活保護者などが入居している場合は、いくら立ち退き料を払っても、転居先が簡単に見つからないかもしれません。
高齢者や低所得者などの「住宅確保要配慮者」が優先的に入居できる賃貸住宅を整備する「住宅セーフティネット事業」も進んできました。こうした制度を活用して、受け入れ先も探してみましょう。
立ち退き交渉は専門家に頼むべき?
立ち退き交渉の経験がないオーナーの場合、「進め方がわからない」と、初めから弁護士などの専門家に依頼するケースもあります。
ただ、いきなり弁護士名義で杓子定規な文書が届くと、入居者が不安を感じたり萎縮したりして、かえって話がこじれてしまうかもしれません。専門家への報酬もかかります。
最初は、オーナー自身で1軒1軒訪ねて、入居者に誠意を込めて事情を説明し、納得してもらえるように話し合う方が、うまく行きやすいようです。
交渉のやり方がわからない場合は、取引関係のある不動産会社に訊ねるといいでしょう。ただし、不動産会社の営業担当者に交渉をゆだねるのは禁物。
契約解除などの法律事件に関して代理で交渉できるのは弁護士だけで、それ以外の事業者が報酬をもらう目的で行うと“非弁行為”と見なされて、弁護士法違反に問われてしまいます(司法書士は140万円までの案件なら法律事件に関わることができます)。
あくまでも、オーナーが主体となって矢面に立ち、不動産会社やコンサルタントは立会人として関わるのが無難でしょう。
なかなかタフな折衝が伴う立ち退き交渉ですから、オーナー一人で対応するのは荷が重いかもしれません。専門家に依頼したいところですが、契約解除などの法律事件に関して、報酬を受け取って代理で交渉できるのは弁護士だけ。
とはいえ、立ち退き交渉の実務に長けたコンサルタントなどを“立会人”に依頼し、オーナーと共に交渉する形が良いでしょう。
賃貸アパート・マンションの解体費は値上がり傾向
立ち退き交渉がスムーズに進み、明け渡しが完了すると、早速解体工事に取り掛かります。
解体費は、地域、建物の構造や規模、周辺の道路状況によって様々です。建物本体の解体費の坪単価のおおまかな目安としては、東京の場合で、木造が6万円、軽量鉄骨(S)造が8万円、鉄筋コンクリート(RC)増造は13万円程度(2021年時点。廃材処分費込み)。5年前の2倍か、それ以上に値上がりしています。
特にリサイクル規制が厳しくなり、廃材処分費が高騰しているのが原因です。その他、庭木伐採や庭石撤去などがある場合は、付帯工事費が追加されます。
施工会社がすでに決まっている場合、解体工事を付帯工事に含めて請け負うケースが一般的。ただ、施工会社の系列や関係業者を使うため、中間マージンが上乗せされます。
高騰する解体費を少しでも節約したいなら、施工会社とは分離して発注する方法も検討してみましょう。インターネットの解体業者比較サイトを利用して相見積もりを取れば、施工会社を通して発注するより何割か抑えられるようです。
ただし、解体業者を選ぶ際は、価格の安さだけでなく、施工方法もチェックしましょう。埃や騒音防止の養生の仕方、近隣への配慮、解体後の整地の丁寧さなども重要です。
文/木村 元紀
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