アパート・マンションの正しい長期修繕計画の作り方を解説[基礎知識#6]
適切なタイミングで必要な修繕を実施していくには、あらかじめ長期修繕計画を立てて準備しておくことが大切です。賃貸住宅の長期修繕計画とはどういうものか、どのように作成すればいいのかを解説します。
賃貸アパート・マンションの長期修繕計画はなぜ必要?
大規模修繕は、工事の規模もかかる金額も大きいため、長い期間にわたって計画的に進める必要があります。
そのために長期修繕計画は欠かせません。不具合が発生する度に行き当たりばったりの対応をしたり、入居者とのトラブルが起きてから慌てて対処したり、成り行きに任せて無計画に修繕を実施していると、応急処置の積み重ねになり、不適切な修繕になりやすく、費用も割高になるおそれがあるからです。
賃貸マンションやアパートの大家さんも経営者です。大規模修繕にかける費用は単なる出費ではなく、入居者を安定的に確保して収益を生み続けるための投資でもあります。そう考えれば、中小企業が中長期の経営計画を立てるように、賃貸アパート・マンション経営における長期修繕計画の必要性が理解できるでしょう。
長期修繕計画の目的と盛り込むべき内容は?
そもそも長期修繕計画の目的は、必要な修繕を適切なタイミングできちんと実施していくことと、そのために事前に準備しておくべき修繕費を把握することです。そのため、建物の劣化診断をした上で、次のような要素を明確に盛り込む必要があります。
①将来見込まれる修繕・改修工事の内容、おおよその時期と概算の費用
②計画修繕工事の実施のために必要な修繕積立金の額と根拠
②は、分譲マンションの場合に、月々定期的に積み立てていく「修繕積立金方式」が採用されていることを前提にしています。
賃貸オーナーで潤沢な現金資産を持ち、何年かに一度、数百万円~1,000万円単位の資金をいつでも用意できるなら、必ずしも積立金方式は必要ありません。ただ、多額の出費に備えてある程度の時間をかけて準備しなければならないオーナーが多いのではないでしょうか。
そこで長期修繕計画を踏まえて、まずは20~30年で修繕工事費の累計額がいくらになるのかを把握します。また各年度に想定される工事費が、賃貸経営の事業収支にどのような影響を与えるかを見てみましょう。
次に、そのための資金は準備できているのか、もし手持ち資金が足りないなら、どのくらいのペースで資金を貯めていけば修繕費をまかなえるのか、などを試算していくわけです。最終的に、修繕工事費の累計額が修繕積立金の累計額が下回らないような計画にしなければなりません。
計画期間は何年が適切?最低20~30年以上は必要?
修繕計画の期間については、国土交通省が分譲マンションのガイドラインで「30年以上で、その間に大規模修繕が2回以上含まれる」ことを推奨しています。
鉄筋コンクリート造のマンションは法定耐用年数が47年ですから、賃貸マンションでも同じくらいのスパンで考えて良いでしょう。法定耐用年数が22年の木造、27年の軽量鉄骨造のアパートなら20~25年以上が望ましいといえます。
最近は、建築技術も進化しているため、木造や軽量鉄骨でも物理的には50~60年もたせることも可能です。住宅メーカーの中には60年保証を謳っているケースもあります。その点でいえば、60年間の長期修繕計画があってもいいかもしれません。ただ、あまり長期になりすぎても現実味がなくなります。
賃貸経営という観点でいえば、十数年たてばマーケットは変化します。賃貸ニーズが衰えてしまったら、いくら物理的に長持ちさせても意味はありません。また、オーナー自身も高齢になり、経営意欲も衰えてくるでしょう。
後継者がいるかどうか、建て替えるか、売却するか、相続対策との関係はどうか、などなど、賃貸オーナーならではの要素も考え合わせた上で、必要な期間の修繕計画を立てることをおすすめします。
また、長期修繕計画は一度作成したら終わりというわけではありません。計画で予測する修繕工事の内容や金額は作成時点の費用をもとにしています。10年後、20年後に、いざ実施する段階になって、計画通りの金額でできるとは限りません。むしろコストアップしている例が多いでしょう。
建物や設備の劣化具合も当初想定した状態とは異なる可能性も高いはずです。したがって、5~6年ごとに計画を見直して、劣化の進み方をチェックし、社会的ニーズの変化も踏まえながら工事内容や費用を微修正していく必要があります。
長期修繕計画のイメージ【分譲マンションの場合】
具体的な長期修繕計画の例を見てみましょう。
図1は分譲マンションの場合の長期修繕計画の項目の例です。
番号を振った大項目が20近くあり、さらに細かい小項目まで含めると70~80カ所に及びます。構造や設備が同じなら、賃貸マンションも同じような内容が想定されるでしょう。
項目ごとに何年目に修繕工事を実施し、推定費用はいくらかを細かく記載。各年度の合計額と累計額を割り出し、そのために修繕費をいくら用意しなければならないかを計算するわけです。
これらの数字をもとに、図3のようなグラフにします。すると、現状の修繕積立金のままで費用が足りるか足りないか、いくら増額しなければならないか、などがわかってきます。
図3の青い棒グラフが、年度ごとの修繕費。大規模修繕の年は1回あたり5,000 万~1億円近くです。青い折れ線グラフは累計工事金額で、最終的には3億円を超えています。
これに対して、赤のラインが、計画作成時に採用している積立金額(専有面積1平方メートル当たり月々100円)の累計金額。このまま続けても1億数千万円にしかならず、累計工事金額には遠く及びません。このままでは予算不足で工事ができないため、増額が必要です。
どのくらい積立金額を値上げすればいいのでしょうか。それが緑のラインです。修繕積立金を「276円/平方メートル・月」へ3倍近くに増額したA案を示しました。これは均等積み立て方式の場合で、最終的に工事費の累計額と修繕積立金の類型学が一致しています。
実際の長期修繕計画では、値上げ幅を抑えて一時金を準備する場合など、いくつかのパターンをシミュレーションします。A案では、初期の修繕工事では、前年から繰り越された修繕積立金では足りないため、短期的な借り入れをしたり、オーナーの別勘定から貸し越しをしたり、何らかの手当が必要になるでしょう。
長期修繕計画のイメージ【アパートの場合】
マンションの大規模修繕は累計金額が数億円に達するだけに、長期修繕計画の作成にもかなりの労力がかかります。通常は、劣化診断や修繕設計を検査機関や設計事務所に依頼するため、費用も小さくありません。劣化診断を含む長期修繕計画の作成委託料に1,000万円単位のコストがかかるようです。
これに対して小規模なアパートの場合には、もう少しハードルが下がります。図3は『民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック』(国土交通省)に掲載されていたアパートの例を一部抜粋したものです。
アパートはマンションに比べて共用設備が限られるため修繕項目も少なく、計画期間の括り方も幅があります。実際には、劣化診断に応じて細かく設定されるかもしれません。木造2階建て、1棟で10戸以内の小規模なアパートなら、修繕工事の累計金額が数千万円程度で収まるケースが多いでしょう。
ただ、分譲マンションと賃貸マンション・アパートとの違いもあります。分譲マンションは、専有部分は計画修繕の対象ではなく、区分所有者個人の責任と負担で実施されます。
これに対して、オーナーが一棟所有している賃貸マンション・アパートの場合は、室内設備についてもオーナーの負担になるため、長期修繕計画の中に室内設備を含めることが推奨されています。
なお、計画作成の作成を設計事務所に依頼するケースは少ないかもしれません。コスト倒れになるおそれがあるからです。一般的には、日常管理を委託している管理会社や修繕工事会社に相談するケースが多いと言えます。どちらも長期修繕計画の作成をサービスで受けるケースもあるようです。
ただ、営業戦略として、過剰な修繕項目を入れ込んだり、早めの修繕時期を設定したりする可能もあるでしょう。オーナー自身も大規模修繕の内容や長期修繕計画について基本的な知識を身に着けて、適切な内容かどうかをチェックできるようにしておきましょう。
長期修繕計画を作成しているオーナーは2~3割、意識的な取り組みを
実際にどのくらいのオーナーが長期修繕計画を作成しているのでしょうか。図5は、国土交通省が2017年に調査したデータです。
作成しているのは、わずか2割強で、半数近くは全く作成していません。「わからない」という回答も3割以上です。オーナー自身の関心がないということは、作成していないのと同じでしょう。
同調査では、次のこともわかっています。
〇長期修繕計画を作成しているオーナーは「計画に基づいて定期的に大規模修繕を実施している」が82.1%
〇長期修繕計画を作成していないオーナーは、大規模修繕を「定期的に実施している」がわずか3.6%。「必要に応じて実施」を合わせても36.8%にとどまる。
長期修繕計画の有無が、定期的な大規模修繕の実施に大きく影響していることがわかります。さらに、管理形態が委託管理やサブリースの場合でも、長期修繕計画を作成しているのは3割程度です。つまり管理会社に任せていても、長期修繕計画を作成してもらえるわけではありません。オーナー自身が意識的に取り組んでいきましょう。
文/木村 元紀
※この記事内の情報は2022年9月30日時点のものです