アパート・賃貸マンションの大規模修繕はなぜ必要?その背景を解説[基礎知識#2]

大規模修繕に対して積極的でない大家さんは少なくありません。「なぜ必要なのかわからない」という見方も根強いようです。今回は、大規模修繕が求められるようになった社会的背景、国の政策との関係について解説します。

修繕の実施率が低いのは「必要性がわからない」から?!

分譲マンションでは大規模修繕を行うのが当たり前になりつつあります。新築時から長期修繕計画が立てられ、修繕積立金も徴収されるのが一般的です。しかし、賃貸住宅では、まだまだ一般化しているとは言えません。

国土交通省の調査では、定期的な修繕や大規模修繕を実施している個人大家さんは、全体平均で4割程度です。図1に、管理形態別の大規模修繕(中修繕を含む)の実施率を示しました。

図1:大規模修繕の実施状況(個人オーナー)
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実施率が一番高いのは委託管理です。とはいえ5割強にとどまり、3割近くは実施していません。自主管理とサブリースは、ともに実施率が4割そこそこ。

管理会社が一括借り上げして管理運営するサブリースの割合が一番低いのは意外です。自分が所有している物件に修繕をしたかどうかわからない大家さんが3割以上いるというのも、頼りない話と言えるでしょう。

図2:大規模修繕を実施しない理由

実施しない理由は図2の通りです。もっとも多いのは「資金的な余裕がない」。2番目が「必要性が理解できない」という回答です。そもそも大規模修繕とは何か、何のために実施するのかが認知されていないのかもしれません。

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3番目に「管理会社からの提案がない」が挙がり、管理会社に任せて受け身の姿勢になっている大家さんの様子が垣間見えます。4番目は「自身の考えで実施しない」という回答。大家さん自身の考えというのは「実施しなくても入居率は変わらない」「実施しても家賃水準を維持できない」といった理由です。

大規模修繕は、はたして入居率向上や家賃下落の防止につながらないのでしょうか。それに対する具体的な考察は下記ページを参照していただくとして、ここでは賃貸住宅を取り巻く環境を少し俯瞰的に見てみましょう。

社会的背景から見た大規模修繕の必要性その1~築古ストックの増加

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現在、賃貸住宅市場の中で大きな問題になっているのが、築年の古い貸家ストックの増加です。しかも、築年が古いほど、空き家率が高くなっています。貸家ストックと空き家率を建築時期別に示した図3をご覧ください。

貸家ストックは、2018年時点で約1650万戸。そのうち2000年以前、つまり築22年以上(2022年現在)が1000万戸を超えます。木造の耐用年数を上回る貸家が全体の6割を占めるわけです。日本では人口の高齢化も世界1と言われますが、貸家ストックの高齢化はそれ以上のペースで進んでいると言えるかもしれません。

図3:建築年代別・貸家のストックと空き家率
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貸家の空き家率は全体平均で20%弱。築年別に見ると、築30年代は20%、築40年代を超えると25%近い水準、つまり4分の1が空き家です。既に人口減少社会に入り、“住宅余り現象”が加速しています。

図4:貸家の構造別・着工件数推移
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こうした状況の中でも、貸家の新築戸数は増え続けています。2000年代は新築戸数が40~50万戸で推移し、2008年のリーマンショック前後から急減しますが、その後は再び増加。特に2015年の相続税の大増税に合わせて着工件数が急伸しました。中でも木造アパートの着工件数が大きく膨らんでいます。

そして、2019年の消費増税、2020年のコロナ禍と難局が続いて減少しますが、2021年はまたもや増加に転じました。今も貸家全体で、ほぼ30万戸台をキープしています。築古物件のストックと空き家率がますます悪化し、大規模修繕の予備軍が増え続けていることは間違いありません。これが、社会的な背景から見た大規模修繕の必要性のひとつです。

法的な側面から見た、大家さんの修繕義務

大家さんが修繕の必要性を感じなくても、否応なく修繕しなければならない局面はあります。賃貸借契約は、大家さんが入居者に対して、住まいとしての基本的な機能を持った住居を提供する対価として賃料を得ることを取り決めたものです。

そのため、建物の損壊や設備故障によって、入居者が安全で平穏に生活できなくなった場合は、速やかに元に戻さなければなりません。法的には、民法第606条に「貸主の修繕義務」が規定されています。

仮に、大家さんが適切な修繕をしない場合は、使用できない割合に応じて家賃を減額しなければならないという規定も、2020年4月に施行された改正民法第611条に盛り込まれました。

室内設備の故障については、日常管理の中で対応しますが、雨漏りや配管類の詰まりなどは大規模修繕と密接に関係します。必要な修繕を怠ると、家賃減額という実害につながるわけです。

また、タイルやサイディングなどの外壁材が落下して、入居者や通行人にケガを負わせた場合は、損害賠償を請求されます。こうしたリスクに備えるという意味でも、大規模修繕は必須と言えるでしょう。

社会的背景から見た大規模修繕の必要性その2~「スクラップ&ビルド」から「ストック&リノベーション」へ

以下は、社会的な背景から見た大規模修繕の必要性その2です。

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かつては、築年が古くなって空室が増えてくれば、解体して建て替える大家さんが多かったでしょう。わざわざ多大なコストをかけて大規模修繕を行う意義は感じなかったかもしれません。

しかし、現在は、建築コストの上昇や環境問題の観点から、「スクラップ&ビルド」から「ストック&リノベーション」の時代に移りつつあります。こうした世の中の趨勢について、簡単に変遷をたどっておきましょう。

第二次世界大戦後の住宅不足の解消のため、量的拡大を進めた住宅政策が転換点を迎えたのは、1974年の第一次オイルショックがきっかけです。高度経済成長から安定成長に移る転換点とも言えます。

この頃に、住宅リフォーム産業が立ち上がりました。ただ、当時は修繕というよりも増改築が中心でした。

1980年代までは、住宅投資、つまり住宅の新規着工件数を増やすことが景気浮揚策につながることから、スクラップ&ビルドの勢いは衰えていません。バブル期には、物理的寿命がまだまだあるにもかかわらず、30年足らずで建て替えられた事例がいくつもありました。

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平成バブル崩壊を機に、新規着工は減少します。地価高騰で用地取得が難しくなり、建築コストのアップが重なって新規開発にブレーキがかかりました。さらに、金利の上昇で取得能力が下がって需要が減少し、新築住宅の供給は減少に向かったわけです。

こうした動きと呼応するように、1989年には、大手組織事務所や大手ゼネコンらが中心となって「社団法人建築・設備維持保全推進協会」(現・公益社団法人ロングライフビル推進協会: BELCA)が設立されます。建物を長持ちさせる方向に力を入れ始めたわけです。

「マンションは一戸建てに住み替えるまでの仮住まい」という意識から、マンションへの「永住志向」も表れ始めました。1992年に「一般社団法人マンションリフォーム推進協議会(REPCO)」、1994年に「リニューアル技術開発協会」など、マンションの再生を促進する団体が相次いで発足したのもこの頃です。

1997年、地球規模で温暖化ガスを削減する「京都議定書」(「気候変動枠組み条約第3回締約国会議COP3)」)が採択されました。これを機に、スクラップ&ビルドの見直しの気運が高まったのではないでしょうか。環境問題がクローズアップされ、むやみな建て替えによる廃棄物の増加に歯止めをかけようという動きです。

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2000年前後になると、「住宅のリノベーション」というキーワードが雑誌や書籍で盛んに取り上げられるようになりました。古くても味わいのあるマンションを「ヴィンテージ・マンション」として評価するようになったわけです。

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大型ビルや分譲マンションを対象に始まったロングライフ化の議論が、賃貸住宅に及んできたのは2000年代前半。2004年に、日本賃貸住宅管理協会(日管協)が『長期修繕計画作成マニュアル』の第一弾を発表しました。

2006年6月に「住生活基本法」が制定され、「フローからストックへ」という理念が掲げられた頃から、ストック重視が広く認知され出したと言えるでしょう。

政府も民間賃貸住宅の修繕促進に本腰を入れ始めた

構造別に見ると、鉄筋コンクリート造のマンションについては、分譲と同様に賃貸でも大規模修繕は比較的早くから進んでいました。しかし、木造アパートに対する大規模修繕が本格的に広がるようになったのは、国が政策として民間賃貸住宅に本腰を入れ始めた、ここ6~7年のことでしょう。

2015年、国土交通省に賃貸住宅対策室(住宅局住宅総合整備課)が新設されます。それまで、国の住宅行政は“持ち家政策”に比重が置かれていたことは否めません。2017 年に「民間賃貸住宅の大規模修繕等に対する意識」(※1)を行い、実態を把握。2019年には、「計画修繕の投資効果」(※2)についての試算を示します(図5参照)。

※1:2017 年3月「民間賃貸住宅の大規模修繕等に対する意識の向上に関する調査検討報告書」
※2:2019年3月「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について~計画修繕を含む投資判断の重要性~」

図5:木造アパートの投資判断
22年建替え(計画修繕なし) 45年活用(計画修繕あり)
表面利回り 9.74% 8.82%
高い賃料水準を維持 築古になると賃料水準は下降
実質利回り 1.99% 2.95%
建替えに伴う費用大 建替えに伴うロスなし
損益分岐点 32年目 23年目
投下資本 最後まで未回収、ずっとマイナス 32年で回収、33年からプラス

※損益分岐点:総費用を売上高(累積賃料)が上回る時点

出典:2019年3月国土交通省「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について~計画修繕を含む投資判断の重要性~」を基に作成

木造住宅の耐用年数22年で建て替えた場合と、計画修繕をしながら45年間の長期活用をした場合のシミュレーションです。家賃収入を投資額で単純に割った「表面利回り」では、22年で建て替えたほうが高い家賃を採れるために、有利という結果になりました。

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しかし、建て替えには様々なコストが伴います。上昇する建築コストと金利負担、解体費、入居者への立退料、工事期間中の収入減などなど。これらの要素を考慮した「実質利回り」は、45年間の長期活用のほうが高くなります。22年建て替えでは、最後まで投下資本の回収もできません。

この試算は、「スクラップ&ビルドは好ましくない」「大規模修繕が望ましい」といった抽象的な議論から、投資という観点から、賃貸住宅大家さんが経営判断できる明確な指標を与えたという点で意義があるでしょう。

その後、国交省は、EXCEL形式で項目選択や数値入力によって点検時期の判断、収支シミュレーションができる「賃貸住宅の修繕・点検時期のセルフチェックシート」「賃貸住宅経営のセルフチェックシート」、カラーパンフレットの「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」などを続々と公開しました。少しずつ、アパートや賃貸マンションに対する大規模修繕の必要性が理解され始めていると言えるでしょう。

文/木村 元紀
※この記事内の情報は2022年9月30日時点のものです

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