原状回復、更新料、家賃増額・減額請求…退去・更新時に 起こりうるトラブルの対処法を弁護士がQ&Aで解説
原状回復、更新料、家賃増額・減額請求など、退去・更新時に起こりうるトラブルについて、事例をもとに弁護士の久保原先生・伊藤先生が対処法をわかりやすく解説します。
Q1.退去後の居室の床が傷だらけでした。直すための費用の請求は確実に認められますか?
A1:貸した際の床の写真等、証拠に基づく立証活動を十分尽くす必要があります。
原状回復請求は、賃貸借契約開始時の状態に戻すための費用に関する請求です。また、通常損耗分は原則として請求できません。
そのため、請求が認められるためには、賃貸借契約終了後の建物の状況のみならず、契約開始時の建物の状況も写真等で示し、傷の発生が今回の賃貸借期間中に生じていること、通常の建物の使用により生じる限度を超えていることを貸主が証明する必要があります。
証拠が不足している場合には、貸主の敗訴になるというのが法律の建付けですので、撮影日も特定できるような形で、従前の部屋の写真を保存しておきましょう。
入居時にアンケートを配布し、その時点で損耗がないことを入居者に確認してサインをしてもらう等の対応も行われています。
Q2:原状回復について、賃貸借契約で借主負担を増やす特約を定めることはできますか?
A2:原状回復の規定は任意規定とされており、特約を定めることが可能です。
契約当事者は条件を自由に話し合って決められることが、契約自由の原則という民法の大原則です。
各当事者が原状回復の負担を分担する条件も、基本的には特約で自由に合意できます。双方納得して合理的な条件を定めることは何ら問題ありません。
しかし、建物の賃貸借契約では貸主と借主との間に情報・交渉力の格差が存在することが通常で、借主が想定外の負担を負う場合が想定されることから、特約が明確でない場合、効力が認められない可能性があります。
実際に特約の有効性が裁判で争われ、無効となったケースは数多く存在しますので、特約は明確に規定しなければいけません。どのような場合に、いくら支払うのか、具体的な条件と金額を記載することが重要です。
Q3:賃借人に更新書面の作成を拒まれました。更新料は請求できないのでしょうか。
A3:更新料の請求が可能か判断するためには、契約書をよく確認する必要があります。
期間満了時に、更新覚書や更新後の契約書を締結することで、現在の契約条件を明確化でき、更新料の請求もスムーズに行えます。
しかし、更新料の支払いを更新の条件とすることはできません。更新料を支払わなくても、借地借家法に基づく法定更新となります。他方、法定更新になっても、契約で法定更新の場合にも更新料の支払義務が生じると定められている場合、更新料を請求できます。
更新料は「更新」という言葉が使われますが、「合意更新の対価」ではなく、「更新のタイミングで支払われる賃料の一時払金」と理解すれば良いと思います。その「更新のタイミング」を「合意更新、法定更新を問わず」と契約で定めれば、法定更新の場合でも更新料を請求できるのです。
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Q4:更新時の書面で、連帯保証人の極度額を定めることは必須ですか?
A4:厳密には必須ではありませんが、慎重に準備して対応すべきと考えます。
2020年4月1日施行の民法改正後に締結された契約では、極度額を定めない保証の条項は無効となりました。保証には極度額を定めることが必須となったのです。
これは、高額な賃料設定が増え、原状回復費用も高騰する中で、気軽に連帯保証人となった人が思わぬ高額請求を受けるということを防止する趣旨によるものです。
では、民法改正前に締結された契約を更新する場合はどうでしょうか。「契約の更新」は「契約の延長」であると考えれば、必ずしも極度額を定めなくても良さそうです。もっとも、連帯保証人が思わぬ高額請求を防ぐという趣旨からすれば、法律の理屈というより、時代に沿った対応として、更新時には極度額を定めるという対応が正しいと考えられます。
Q5:近年の物価上昇率を基準にして、賃貸借契約の更新時に賃料増額を求められますか?
A5:裁判では、そのような単純計算での請求が認められることは期待できません。
賃貸借契約更新時の賃料の適正金額を算出する際には、直近に合意された賃料金額が尊重されます。また、立地や築年数など、その物件固有の事情も考慮されるため、裁判で争った場合には、全国的な物価上昇率のみを根拠として賃料増額請求が認められることは考え難いです。
近隣の同種物件の募集賃料も参考にはなり得ますが、更新時の継続賃料と新規契約締結時の新規賃料では、適正金額の算出方法が異なるため、十分な根拠とはなりません。
他方で、固定資産税は増加傾向にあり、人件費・部材の高騰で修繕工事等の経費も確実に増加しています。そうした事情は賃借人もわかるため、賃料増額請求を受け入れて円満に入居を続けたいと考える賃借人も少なくないようです。
Q6:借主から「一時的に収入が減るため、家賃を減額してほしい」と言われています。
A6:借主の要請に応じる場合でも、不利にならないように工夫する余地があります。
賃借人の収入減少は、それだけでは賃料減額請求の根拠とならないため、減額に応じるべき法的義務はありません。
他方、借主との人間関係を維持するため、あるいは当該物件の需要に鑑み新賃借人がすぐ決まらないおそれがある場合、賃借人の要請に応じても構わないと判断する場面もありえます。
もっとも、単純に賃料減額に応じてしまうと、その後に賃料を元に戻したいと考えても、合意された減額後の賃料額が尊重されるので、当該時点から現在までに発生した賃料を増額すべき事情を、貸主側で立証しなければならなくなります。
そのため、容易に賃料を変更せずに、一定期間に限り賃料の一部を免除するという形式にするなど慎重に対応し、思わぬ不利益を被らないよう注意が必要です。
※この記事内のデータ、数値などに関しては2024年12月11日時点の情報です。
イラスト/黒崎 玄