立ち退き料は必要?通知から建て替えまでの流れは?大家さんのための立ち退きマニュアル・Q&A

築年が古くなって賃貸住宅を建て替えようと考えたとき、避けて通れないのが入居者の立ち退き。交渉にあたっては、借家人保護の法律など、様々な制約があり、一方的に退去の通告をすれば済むほど簡単ではありません。どうしたらスムーズに立ち退きを進められるのか、一連の手続きに詳しい弁護士に、賃貸住宅での立ち退き交渉のコツを伝授していただきました。

不動産関係の諸問題への対応をはじめ、訴訟・紛争解決のサポートに豊富な実績を持つ。各種講演への登壇や原稿執筆活動など、積極的な情報発信も行う。
通知から建て替えまで。賃貸住宅での立ち退き交渉の流れ
【STEP1】1年~6カ月前|賃貸契約の解約通知
早めに着手して、余裕をもった行動を
契約期限の6カ月前までに書面で退去をお願いする通知を出す

解体時期などの具体的なスケジュールを決める前に、いつ頃までに立ち退きを完了するかを想定。大家さんから入居者に退去をお願いする旨を書面で渡します。
大家さんの一方的な都合で賃貸契約の打ち切りはできません。契約期間満了の6カ月前までに「契約更新拒絶」または「解約」の申し入れが必要です。入居者によっては交渉が長引くおそれもあるため、できれば1年くらい前からアナウンスするなど、早めに行動し始めることが望ましいでしょう。
入居者は借地借家法で保護されています。大家さん側は「正当事由」がなければ、更新を拒絶できません。新規募集時に、更新がない定期借家契約にする対策も有効です。
入居者には移転をお願いするスタンスで臨みましょう。通知書は直接大家さんが渡すのがベストですが、連絡がつかない場合、通知の日付を確定する内容証明・配達証明付き文書で郵送します。
【STEP2】4カ月前|立ち退き交渉・合意
立ち退き条件を明確にし合意書・承諾書を取り交わす。
記録を残して交渉、合意書を作成。争いそうなら弁護士に早めに相談

契約更新の拒絶や解約の理由(老朽化による建て替えなど)、スケジュール、立ち退き料など、具体的な条件を示して入居者と話し合います。交渉記録を残し、お互いに納得したら、退去時期、補償の金額や支払い方法などを記載した「契約解除の合意書」「明渡承諾書」を作成。
8~9割の入居者は納得して退去してくれるのが一般的です。残る1~2割は抵抗する可能性も。トラブルになりそうな場合は、早めに弁護士などの専門家に相談するのが得策です。
大家さんの代理になれるのは弁護士(金額によっては司法書士)のみ。報酬を払って不動産会社に委託すると「非弁行為」として、弁護士法違反になるので要注意。
合意書等には以下のような内容を記載します。●氏名、捺印 ●合意解約日 ●明渡日 ●立ち退き料 ●支払い方法 等
【STEP3】3カ月前|部屋の明け渡しまで
計画進捗のため部屋探しをサポート。
スムーズな明け渡しのために転居先紹介や敷金全額返還を

退去時期に合わせて行う部屋探しは、大家さんも積極的に協力しましょう。入居者自身で探すこともありますが、間に合わないと建て替え計画にしわ寄せがきます。賃貸経営を通じて懇意の管理会社や仲介会社に紹介して物件を斡旋してもらいましょう。
退去後、取り壊すのが前提になるので原状回復の費用はかかりません。室内にキズや設備故障があっても、入居者にスムーズに退去してもらうため、預かっている敷金は全額返却するのがベターです。
高齢入居者は自分で転居先を見つけるのが難しいため、高齢者専門の仲介会社などの活用もおすすめ。入居者が生活保護を受けている場合、行政と連携して受け入れ先を探しましょう。
裁判なら1~2年を覚悟。弁護士に相談して早期解決を
交渉が難航すると、裁判所に訴訟を起こすしかありません。解決までに1~2年かかる可能性があり、費用もかさみます。揉める前に弁護士に依頼すれば、多くの場合はスピーディーに解決することができます。
【STEP4】予定日|解体~建て替え
退去のめどが立ってから建て替えを!
交渉に必要な資金もスケジュールも余裕をもって取り組む

入居者の転居時期はバラバラ。最後の入居者が明け渡す日程の目途が立ってから、解体工事の日程調整など、建て替え計画の具体化に着手するようにしてください。
事前に入居者の事情や状況を調べ、一人ひとりと向き合うことが大切です。立ち
退き料には一定の相場もあり、むやみに節約しようとすると話がこじれて、かえって高くつきます。あらかじめ必要経費として見込んでおき、建て替えの資金計画を立てたほうが賢明。余裕をもって取り組みましょう。
スムーズな立ち退き交渉のために知っておきたいQ&A

Q1.立ち退き料の考え方を詳しく教えてください。家賃の何カ月分といった目安はありますか?
A1.居住用の場合、立ち退き料は移転費用等の補償。1戸当たり概ね家賃の半年分の費用は見込んでおく
居住用物件の場合、立ち退き料の算出根拠は大きく以下の3点。①移転経費(引っ越し代など)、②新規契約金(礼金・保険料・仲介手数料など)、③現在の家賃と新居の家賃との差額(1~3年分)などが考慮されます。
なお、敷金は、賃借人側に原則として返還されるべき金額であるため、立ち退き料の算定には含まれません。最低でも1戸当たり家賃の3~4カ月分、高いと10カ月分程度かかることもあるとすると、1戸当たり概ね6カ月分くらいの立ち退き料を見込んでおくべきでしょう。
裁判になった場合は、土地価格の約2割に相当する「借家権価格」が考慮されることも。またその際、オーナーの正当事由が認められないと、立ち退き料の金額の多寡に関わらず明け渡しが認められない場合もあります。
Q2.交渉に応じてもらいやすい物件と交渉が難しい物件の違いはありますか?
A2.老朽化で危険が伴う物件など、建て替えの必要性が高いほど交渉しやすい。
初めに大家さん自身で交渉を始めたとき、退去の根拠説明として納得してもらいやすいのは、建物が老朽化して建て替えの必要性が高いケース。「それなら仕方がない」と受け入れてくれる入居者は多くいます。

耐震診断を受けて「大地震で倒壊する危険性が高い」と評価されたデータなどがあれば、より説得力が増します。万が一揉めて裁判になっても、大家さん側の正当事由の1つとして認められやすくなります。
難しいのは、入居者が高齢のケース。「長く住み続けて友人関係もあり、今さら転居はできない。探す気もない」「年金暮らしで、身体の具合も悪いし、動くのはおっくう」といった理由が少なくありません。
交渉のテーブルにもついてくれないと、いつまでも建て替えができないため、こうしたケースは交渉のプロである弁護士に依頼するのが近道。法的根拠、判例などを基に専門的な立場から説明してもらえば話が通じやすくなります。
高齢者以外で強く拒絶する場合、立ち退き料の交渉が目的の可能性があります。その場合、弁護士に依頼したほうが話は早いです。調停や裁判になったときは、「大家さんの事情」と「入居者がそこに住み続ける必要性」の比較で決まります。
オーナーの必要性が大きければ立ち退き料が低くなり、必要性が同程度であれば高くなります。入居者の必要性がかなり大きい場合は、いくら立ち退き料を積んでもダメなこともあります。
裁判になった場合、双方の必要性を考慮
オーナーの必要性 | 入居者の必要性 | ||
CASE1 | 物件の老朽化による建て替え(入居者にも危険が伴う) | > | 新しい居住先を見つけるのが大変(他の物件でも住める) |
CASE2 | 自分の子に店を持たせたい(自己使用) | < | 地域に根差した店舗を長年経営してきた(場所も重要) |
入居者の必要性がオーナーより大きいと明け渡しが認められないことも!
Q3.立ち退き料を支払わずに済むことはありますか?うまく交渉するコツは?
A3.賃貸借契約に違反していれば契約解除でき、立ち退き料の支払いは不要
賃貸借契約の禁止事項に違反している場合には、債務不履行で契約解除できるため、結果として立ち退き料は不要になります。
例えば、入居者が家賃滞納をしていたら、立ち退き料なしで明け渡しを求めることができます。他にも、ペット不可の物件でペットを飼っている、居住契約に反し商売に使っている、無断で他人に転貸しているなど。入居者が一定期間、オーナーに無断で不在にすることを禁じる「無断不在禁止特約」を付けた契約を結び、長期不在にしていた場合もこれに該当します。
ただ、無条件で契約解除できるわけではありません。信頼関係を損なうほど重大な違反であるかどうかを裁判所で判断されます。いずれにせよ、普段から入居者の暮らしぶりや生活実態などを調べて把握しておくと役に立ちます。
Q4.店舗や事務所など事業用の物件は居住用の物件とどう違いますか?
A4.居住用より立ち退き料が高額になり、長期間にわたるタフな交渉になりやすい
事務所や店舗などの場合、立ち退き料の算定に営業補償が絡むだけに高額になる傾向が強く、補償の対象は多岐にわたります。
例えば、休業期間の逸失利益、得意先喪失による減収、従業員の休業手当、固定的経費の支出、移転先の設備投資資金など、様々な費用が関係してきます。立ち退き料が1000万円単位になることも覚悟しなければなりません。
特に、長年にわたって経営している地元に根付いた店舗などでは、地域の固定客との関係性を築いていることが多いため、移転するリスクを強く感じて、かたくなに拒否されるケースが少なくありません。

高齢の場合、「移転するなら商売を辞めるしかない」と言われるかもしれません。そうなると、通常の営業補償ではなく、営業権の買い取りを含む営業廃止補償、生活補償までかかわってきます。
移転先を探すのも大変です。居住用の場合には、生活するのが基本なので、今の状況と変わらない物件が用意できれば立ち退き交渉は成立しやすくなります。しかし、商売となると、同程度の売り上げが成り立つ立地は限られています。
1から顧客開拓をしなければならないハードルも高く感じます。もし合意できずに裁判になった場合は、結論が出るまでに1~2年以上かかってしまいます。立ち退き料の高さ、交渉期間の長さから、建て替え計画を断念しなければならない可能性もあります。
店舗テナントがある場合は、数年前から長期スパンで考えて準備を始める必要がありそうです。もし、これから店舗や事務所として賃貸借契約を結ぶ場合は、やはり定期借家契約を結んでおきたいところ。事前の準備がカギを握ります。
賃貸の立ち退き交渉は段取り次第でトラブルを防げる
居住専用の賃貸住宅の場合は、きちんと段取りを踏めば、ここまで話がこじれるケースは少なくなります。
立ち退き料の相場も想定できるため、資金計画も立てやすいでしょう。無理に経費を節約しようと大家さんだけで立ち向かおうとせず、必要に応じて専門家の力を借りる姿勢で臨めば、立ち退き交渉もスムーズに進められるはずです。
※この記事内のデータ、数値などに関しては本記事は、2022年12月6日時点の情報をもとに制作しています。
取材・文/木村 元紀