賃貸オーナー必見!認知症対策に活用したい「任意後見」と「民事信託(家族信託)」とは
賃貸経営を行う不動産オーナーにとって、賃貸事業の安定運営と次世代への引き継ぎをスムーズに進めるために必要な「認知症対策」。残された家族が困らないためにも、判断能力があるうちに準備をしておくことが大切です。火災に備えた保険と同じように、当たり前に取り入れるべき手法を、2人の専門家に伺いました。
ことぶき法律事務所所属。2018年入所。
不動産や相続の相談・問題解決に多く携わる。遺産分割や遺言など相続対策の経験も豊富。
(株)ディメーテル 代表取締役。
賃貸オーナーだった祖父の認知症発症がきっかけで、現職に。資産継承や家族信託のコンサルティングを行う。
なってからでは遅い!認知症対策は、万一に備える保険
ある程度の年齢に達した賃貸経営オーナーなら、誰しも相続を意識しているでしょう。中には「このアパートは相続税の節税のために建てたもの。遺言書も用意したし遺産分割も問題ない。相続対策はもう万全」と安心しきっている方もいるかもしれません。
実は、相続発生の前に、少なくない高齢者が通る可能性があるのが「認知症」という関門です。「うちは元気だから大丈夫」「まさか自分が認知症なんて」と他人事だと思っている人が大半かもしれません。しかし、以下の図のように、80代前半で4人に1人、85歳以上では半数以上が認知症になるというデータもあります。
80代後半の半数以上が有病。判断能力があるうちに行動を
認知症大家対策アドバイザーの岡田文徳氏は、こう切り出します。
「皆さんは、なぜ火災保険に入っていますか。火事は起きてほしくないけれど、万が一に備えて加入するでしょう。認知症対策も同じです」
もし賃貸オーナーが認知症の発症などにより、何も対策していないまま「判断能力」がなくなってしまうと大変です。まず、本人名義の預貯金は家族でも下ろせません。さらに売買や賃貸借、修繕の発注など、契約行為全般が不可能になります。
その理由を、弁護士の佐藤省吾氏が指摘しています。
「契約主体になるためには本人の意思能力が欠かせません。認知症などにより、本人の意思能力がないと判定されると、法律上無効となってしまうからです」(佐藤氏)
つまり、日常生活だけでなく賃貸経営まで立ち行かなくなるわけです。賃貸経営を事業として運営している以上、さまざまなリスクに備えておく必要があります。
「賃貸オーナーの相続には事業承継が伴うため、認知症対策は必須です。単に財産を渡すだけでなく、ノウハウ、人脈を含めて引き継ぎます。相続開始前に認知症になって経営判断ができなくなれば事業承継もうまく行きません」(岡田氏)
例1 ● 預金がおろせない
本人確認ができないと、金融機関では預金の引き出しを認めないため、まとまった資金をおろせなくなる。
例2 ● 契約行為ができない
売買契約を始め賃貸借契約、管理会社への委託契約、工事の発注も不可。家賃滞納の明け渡し訴訟もできない。
対策前に認知症になったら「法定後見」しか選べない
認知症など判断能力がないと判断された時に、預金引き出しや契約行為を可能にするのが、「成年後見制度」です。判断能力が不十分な人を保護するため、民法に基づく後見人を立てて財産管理や生活支援を行う仕組みです。
同制度のうち、本人に認知症が発症した後は、裁判所が後見人を選定する「法定後見」しか道はありません。
法定後見人は、弁護士や司法書士などの専門職が選任されることが多く、本人の財産を守る・本人の財産を維持する、ということを主眼にしています。そのため、賃貸経営を進めるうえでも、さまざまな制約がかかります。
例えば、リノベーション、建て替えは投資とみなされるおそれがあり、簡単には行えないでしょう。さらに、自宅用不動産売却は財産の処分にあたり不可、資産運用など積極的な投資は制限がある、といったことがあります。
しかも、専門職の法定後見人は(親族後見人であれば報酬を辞退することもできるが)月々の報酬が発生します。基本は2万円ですが、管理財産が5000万円を超える場合は5~6万円、年間で60~70万円におよびます(所管の家庭裁判所が決定)。
賃貸経営を引き継ぐ準備をするうえで選択可能な対策として、本人が自分の意思で後見人を選定できる「任意後見」と家族が財産を管理できるように契約を結ぶ「民事信託(家族信託)」が考えられます。